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FF11±ゼロ。

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掻かずに撫でてきたけれども。

「しもたー」と思った。
新大阪駅ほど近くにあるビジネスホテルの朝食サービスで
出されたオニギリを食みながら、ウチは、ロビーにあった
朝刊の一面を読んでいた。

『「足の裏は撫(な)ぜるんじゃなく、掻(か)くもんや」。』
それが、正しいお参りの作法であるという。
『足の裏を掻いて笑わせると、幸福になれるそうだ』。

大阪・新世界の通天閣にある、ビリケンさんの話である。
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オオサカ強襲、再び。
昨日、転職の最終面接後に登ってきました、通天閣。

ビリケンさんの足、掻かずに撫でて、というか触っただけ。
そか。
皆が掻いてくから、えぐれた様に足の裏がヘコんでたのか。

日曜日という事もあるのだろうけど、ンゲー混んでいた。
二階に上がるエレベータに乗るまで30分。
二階から五階に上がるエレベータに乗るまで更に1時間。

貰った通天閣のパンフや持ってきてた文庫を読みながら
独りで順番待ちをしてると、周りの会話が聞くとはなしに
耳に入ってくる。

ビリケンさんにコレお願いするわ、あぁアレな●×○やろ?、
そそソレソレってなんでやねん

あちこちで聞こえてくる掛け合いのような会話。
そかー、このノリか、と妙に感心する。

朝刊にも『小学校で「大阪の工業で一番有名なのは何?」と
聞くと、児童の多くが「吉本コーギョー(興業)」と答えた』との
例えが載ってた。
話好き、笑い好きな大阪人らしいエピソード。

偶然、再建されてから50年と1日たった通天閣をナントナク
めでたい気分で後にする。
そして通天閣近くにあった「かんかん」で、大阪人にとって
身近なモノを食べた。

あつあつトロトロ。
食べながらふと、面接で役員の方からされた質問を思い出す。

「丁寧な言葉遣いで良いんだけど、お客さん相手だとカタイワ~
カタイカタイって言われるよ?」
話さないとカタイし、イントネーションが違うとキモチ悪いし。
痛し痒しとは、この事でだけど。

あちこちで聞こえてくる会話のテンポ。東京とは違う特有の感性。
なんだか大阪が好きになってきた気がする。
はふはふと口の中を火傷しながらも、たこ焼きを放り込む。
ンマかった。

実物には台座に英文で「万事をあるべきままにつかさどる神」と
刻まれるらしい。
これで昨日やり損ねた代わりにならんかな、と朝刊読みながら
昨日買い求めたビリケンさんキーホルダーの小さな足の裏を
人差し指で掻きながら思う。

これから50年生きてるか判らないけど、転職して大阪住むなら
あと30年間。
万事あるべきまま、か。細かいコト気にしてもしゃあない。
好きなら、30年あったらナントカなるでしょ。



補足:毎日新聞 10月30日付・余録から記事抜粋

通天閣50年

「足の裏は撫(な)ぜるんじゃなく、掻(か)くもんや」。
大阪・新世界の通天閣にあるビリケンさんのお参り作法を
近くのおばさんが教えてくれた。
トンガリ頭に目をつりあげ、足を突き出した姿はいかにも
ユーモラス。
足の裏を掻いて笑わせると、幸福になれるそうだ

米国の女流美術家の夢から生まれたという渡来神だが、
1912(明治45)年に開設された新世界の遊園地に
安置された。
初代通天閣は東洋一の「天に通じる高さ」を誇り、
当時はパリやニューヨークの最先端の流行が入った。
だが、戦時中に通天閣は火事で焼け、ビリケンさんも消えた

現在の2代目通天閣は地元住民らの出資によって再建され、
28日に半世紀を迎えた。ビリケンさんの人気も復活、再建
50年を機に塔のネオンラインは金色に一新された。
「活気のある大阪」を願って再点灯されるその矢先、衝撃的な
ニュースが流れた

大阪・道修町で育った老舗、武田薬品工業が大阪の研究所を
首都圏に統合移転すると決めたのだ。
大阪府は新研究所誘致に200億円の補助金を積んだが、
引き留められなかった。
大阪では国際競争に勝ち抜く情報や人材を得にくいためだ

大阪から企業や工場の流出が止まらない。
小学校で「大阪の工業で一番有名なのは何?」と聞くと、
児童の多くが「吉本コーギョー(興業)」と答えたとの話がある。
かつて東洋のマンチェスターといわれた工業都市は変質し、
今や笑都だそうだが、笑ってばかりはいられない

グローバル化が進むほど通天閣はレトロ(懐古的)な哀愁を
漂わせる。
「東京一極集中を止め、大阪に幸福を」とビリケンさんの足の
裏を掻きたくもなる。
だが、その台座には英文で
「万事をあるべきままにつかさどる神」と刻まれていた。
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by zerohour_co | 2006-10-30 07:35 | 浮き世のコト
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